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線形微分方程式で解をe^x(exp)と仮定するのはなぜか?

物理では、 線形微分方程式を解く機会に何度も直面します。 例えば、 減衰振動などになることが知られている、 バネとダンパから力を受ける粒子(バネ-ダンパ系)の運動方程式は次のように与えられます。

$$m\frac{d^2x}{dt^2}=-kx-c\frac{dx}{dt}$$

この式については、 「$x(t)=e^{\lambda{t}}$と置いてみる」という定石があります。 ただ、 これを暗記で済ませるのでは面白くないですよね。 実はこの背後には線形代数があります。 このような応用の一例に触れておくと線形代数の勉強のモチベーションにも繋がるかと思います。 このページでは「解が$e^x$と仮定されるのはなぜか?」について考えてみます。 さらにその考察を線形代数のメインの1つである固有値に関する話題へと続けます。

前提知識の確認

本題の前に私たちが解ける微分方程式を確認しておきましょう。

$$f^{\prime}(x)=kf(x)$$

これは1階の微分方程式で、 「$f(x)$は、 $x$で1回微分しても自分自身$f(x)$に戻り、 定数$k$が係数に付く」という特徴を読み取ってあげれば、 一般解が$f(x)=f(0)e^{kx}$であることがわかります。

行列を使うと、 知っている構造が現れる

続いて、 本題の2階の微分方程式を考えます。 一般的に次の方程式から始めましょう。

$$f^{\prime\prime}(x)+af^{\prime}(x)+bf(x)=0\ \cdots(*)$$

これを数列で言う漸化式のように、 「$f^{\prime\prime}(x)$は$f^{\prime}(x),f(x)$から作られる」と読み替えます。 すなわち、

$$f^{\prime\prime}(x)=-af^{\prime}(x)-bf(x)$$

のように移項します。 さらに$f^{\prime}(x)=f^{\prime}(x)$という自明な等式を加えることで、 連立の方程式を作ることができます。

$$\left[\begin{array}{c}f^{\prime\prime}(x)\\f^{\prime}(x)\end{array}\right]=\left[\begin{array}{cc}-a&-b\\1&0\end{array}\right]\left[\begin{array}{c}f^{\prime}(x)\\f(x)\end{array}\right]$$

ここで、

$$A = \left[\begin{array}{cc}-a&-b\\1&0\end{array}\right],\ \overrightarrow{F}(x)= \left[\begin{array}{c}f^{\prime}(x)\\f(x)\end{array}\right]$$

とおけば、 最初の式($*$)は、

$$\frac{d\overrightarrow{F}(x)}{dx}=A\overrightarrow{F}(x)\ \cdots(*)^{\prime}$$

となり、 見通しが良くなります。 これは、 私たちが解き方を知っている微分方程式$\frac{d{F}(x)}{dx}=kF(x)$と同じ構造となっています。

線形微分方程式で解を$e^x$と仮定するのはなぜか?

ここで、 もし、 指数関数$e^{x}$の肩の上に行列$A$を載せることができて、 さらに$(e^{xA})^{\prime}=Ae^{xA}$という今まで知っていた指数関数の性質が備わっているとすれば、 式$(*)^{\prime}$の一般解を即座に次のように得ることができます。

$$\overrightarrow{F}(x)=\overrightarrow{F}(0)e^{xA}$$

実際、 このような指数関数$e^{xA}$は存在します。 Taylor級数による$e^{x}$の定義

$$e^x=1+x+\frac{x^2}{2!}+\frac{x^3}{3!}+\cdots$$

の$x$を$xA$と書き換えた、

$$I+xA+\frac{x^2A^2}{2!}+\cdots=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{x^nA^n}{n!}$$

が$e^{xA}$の定義です。 また、 微分に関する性質ですが、

$$\frac{d}{dx}\{I+xA+\frac{x^2A^2}{2!}+\cdots\}\\=0+A+xA^2+\frac{x^2A^3}{2!}+\cdots\\=A\ (\sum_{n=0}^{\infty}\frac{x^nA^n}{n!})\\=Ae^{xA}$$

より、 $(e^{xA})^{\prime}=Ae^{xA}$を満たしています。

微分方程式$f^{\prime\prime}(x)+af^{\prime}(x)+bf(x)=0$は、
$$A = \left[\begin{array}{cc}-a&-b\\1&0\end{array}\right],\ \overrightarrow{F}(x)= \left[\begin{array}{c}f^{\prime}(x)\\f(x)\end{array}\right]$$
とおけば、 $\frac{d\overrightarrow{F}(x)}{dx}=A\overrightarrow{F}(x)$となって指数関数型の微分方程式と同じ構造になる。その一般解は、
$$\overrightarrow{F}(x)=\overrightarrow{F}(0)e^{xA}$$
である。

以上から、 線形微分方程式と指数関数$e^x$の間には何らかの繋がりがありそうだと考えられます。

一般解を行列を用いない表示へ

ここまでの内容で、 線形微分方程式の一般解を行列を使って表現することができました。 ただ、 行列を用いた表示のままだと関数の様子がすぐに理解できないなどの不都合があります。 そこで、 次は行列を用いない$e^{xA}$の表示について考えます。 $e^{xA}$は

$$e^{xA}=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{x^nA^n}{n!}$$

と定義されていました。 これを計算することは、 実質的に$A^n$を計算することに他なりません。 そこで実際に$A^2,A^3,\ldots$を具体的に計算して見ます。 するとすぐに、 今回のような$2\times2$の行列ですら、 掛け算は大変だとわかります。 一般に、 $A^n$を求めることは一筋縄では行かないわけです。

$A^n$をどうやって求めよう

一般の$A^n$の計算は難しいみたいですが、 容易に計算が進んでしまう場合もあります。

$$D = \left[\begin{array}{cc}a&0\\0&d\\\end{array}\right]$$

という対角成分のみ値を持つ行列であれば、

$$D^n = \left[\begin{array}{ccc}a^n&0\\0&d^n\end{array}\right]$$

となります。 そのままでは$n$乗の計算が困難である行列$A$と、 計算が容易である行列$D$が登場しました。 この2つの行列が次のように結び付けられていたらどうでしょう。

$$D=P^{-1}AP$$

行列$P$は$A、D$を結びつける新たな行列とします。早速$n$乗を計算してみます。

$$D^n=(P^{-1}AP)^n\\=(P^{-1}AP)(P^{-1}AP)\cdots\\=P^{-1}A^nP\\\therefore{A^n=PD^nP^{-1}}$$

なんと$A^n$の計算が$D^n$と$P、P^{-1}$を使って表すことができました。 この節の話題は線形代数における「固有値」「基底変換行列」に関するものです。 詳しくはこのページ→「基底と座標と基底変換行列」「表現行列の変化

最後にこのページの概要をまとめます。

・微分方程式$f^{\prime\prime}(x)+af^{\prime}(x)+bf(x)=0$は、
$$A = \left[\begin{array}{cc}-a&-b\\1&0\end{array}\right],\ \overrightarrow{F}(x)= \left[\begin{array}{c}f^{\prime}(x)\\f(x)\end{array}\right]$$
とおけば、 $\frac{d\overrightarrow{F}(x)}{dx}=A\overrightarrow{F}(x)$となって指数関数型の微分方程式と同じ構造になる。その一般解は、
$$\overrightarrow{F}(x)=\overrightarrow{F}(0)e^{xA}$$
である。

・一般解を、 行列を使わないで表示するには、 $A^n$の計算をする必要がある。(ただし、 そのままでは困難。)
・そこで、 $n$乗が簡単な対角成分のみが値を持つ行列$D$を用意して、 行列$A$と結びつける。(行列$P$を用いる。)
・すると、 $A^n=PD^nP^{-1}$として求められる。

参考資料

KENZOU『やさしい連立微分方程式』https://hb3.seikyou.ne.jp/home/E-Yama/renDE.pdf